快適な生活のヒント。正しさとは”今”その時の感覚に従うこと

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 何にでも陰と陽があり、善と悪も見る方向、その人の位置によって異なります。だから、万人にあてはまる正しさなんてないし、そんなものを作るなんて不可能なんじゃないかな?とも思っています。もし一つ絶対的な正しさがあるとしたら「その人のその時の感覚で選んだものがその人の正しいモノ(コト)」なのではないでしょうか。

そう思うようになってから、人が何をしても何を選んでも違うとも思わないし、否定もしなくなりました。以前は人のしていること(モノ)を自分の基準で、間違い、正しいとジャッジすることは多くありました。

押し付けなければ問題ないと思いますが、いい意味で他に無関心になり生活の中でジャッジすることが減ることで、自分も楽になりました。

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Csíkos István photo by  Csíkos István   

同じ人であっても正しさは変わっていきます。常日頃、自分の感覚を大事にしていたいと思っていても、その変化にのれないことも多々。それは違和感となってあらわれてきます。が、それも、変化を受け入れ過去にとらわれるのをやめることでうまく乗っていけるはずです。

永遠の定番はない

自分の中の定番を決めると、楽だからそのままでいたいってなります。定番は定番なのであまり大きな変化はありませんが、それでも環境、状況によっても、少しずつ変わっていくのも事実。なのに、定番だからと理由だけで、考えるのをやめる、疑うのをやめる、変えるのをやめるのは違和感の原因になるようです。

私の定番だった黒スキニーパンツ。ここ1年くらい着心地が悪くお腹が苦しいと感じるようになりました。サイズや型や素材を何度も変えても違和感は変わらず、前のように心地よくは着れていませんでしたが、それでも合わせやすいし、コーディネートの選択が楽だからという理由でそのまま着つづけました。

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着るたびにお不快感が増し続け、今の自分のコンディションには合わないとようやく納得したのが最近。やっと手放しました。これだけ服を少なくして、ルールの中に「心地よいものを選ぶ」と決めていたのに、着心地の悪い服を着つづけていました。定番の魔力恐るべし。

定番を神聖化せず、違和感や心地悪さには柔軟に対応できる人でありたいなと思った出来事でした。今後も合う予感はないですが、新しい定番を見つけていきたいです。定番<”今”の心地よさ、見直してみてもいいと思います。

昔の好きと今の好きは違う!昔没頭したものでも養分を吸収したらあっさり処分がいい

去年、映画200本以上のデータを全消去しました。観たい映画をデータとしてとっておいたものですが、その8割は暗い映画でした。かんがえさせられる映画や泣ける映画が好きではまっていたので、ネガティブな描写が多い映画がほとんど。

ですがその後、底抜けに明るく、笑えるものや幸せが伝わってくる映画が観たくなり、以前みたいたような映画がまったくみたいと思わなくなりました。しばらくはデータもとっていましたが、観る気配もなかったので全消去したのです。

全消去後は、観たい映画を観たい時に借りてきたりhulu(シェアハウスで観れる)で観ていますが十分。沢山のデータがあるのを見て、いつ観よう・・と思うこともなくなりすっきり!

どんなにはまったものでも興味がなくなったのなら、きっとその養分が今は必要ないってことなのでしょう。思い切って処分するときっとそれにかわる、今必要な新しいことが入ってくるのではないでしょうか。

その時の気持ちに従うのが一番!気持ちも鮮度を大事にする

”今”欲しいものを今手に入れたときの喜びと、”過去”欲しかったものを今手にする吸収力は違います。例えば、ウィッシュリストに2年以上入れてあって存在すら忘れていたような本を読むより、ここ一週間くらい本屋で見て目に止まる本を読んだ方が吸収がいいと感じることが多いのではないでしょうか。そのときビッときたものが、そのときのその人に必要なものだからなのでは?と考えています。

何かを購入するとき(プラスにするとき)は、それは過去の自分が欲しくてたまらなかったものなのか、今本当に欲しい(必要な)ものなのかも考えて増やしていくといいと思います。過去より今の気持ちを大事にしていたいです。

 

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