途上国生活から得た気づき「強さも凄みを引き出し、伸ばすには情熱に身を任せればいいだけ」

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勇気や決断力、すべての困難を生き抜く力を持つ難民の方々を賞賛したいと思います 国連事務総長緒方貞子さん

緒方貞子―難民支援の現場から/東野 真から抜粋

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貧しさは生活のいたるところで人間を傷つける武器として現れた。その度に、どんなに変えたくても変えられない現実があるのだと思い知った。車にはねられても一言も言えずに立ち去る少年も、クラスメイトの女性も、リキシャ引きになる少年も、洪水の中泳いで薬を買いに行く子どもも、みんな生きるために、生きていた。そこに生まれなければ発揮できたはずのたくさんの可能性がある。

しかし、正義や努力が日の目をみない腐った社会でも、自分の生きる道をなんとか切り開き、力強く生きていた。私は何かの力になりたいと思ってこの国に来たが、私に持っていない「強さ」をこの国の人たちはみんな持っていた。

自分だったら環境を責め、自暴自棄になっていると思われるような過酷な現実だった。しかし私には「帰る場所」があった。日本という恵まれた国に生まれ、最低限以上のものを与えられ、生きていた。

 そんな私が、「貧しい人のために」なんて思っていたことが、なんて浅はかで、傲慢で、無知な想いだったんだろう、と強烈に感じた。

次第に、この国に自分の居場所がないと思うようになった。理解したくてもできない壁が、どんどん大きくなり自分の前に立ちはだかる。結局「よそ者」の自分なんだという意識が大きくなる。

今までは努力すればなんでもできる、そう信じていた。けれど、一人の人間ができることの限界、変わらない現実が、はじめて努力だけではどうしてもできないものがあるんだと思い知った。

裸でも生きる―25歳女性起業家の号泣戦記/山口 絵理子著から抜粋

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私と変わらないくらいの年齢の女性起業家(途上国でバッグ製作をして全世界に通用するブランドを作っている方)です。

この方は、起業にあたり、絶え間なく困難にあたり、その度に立ち上がり続けました。 対異文化の人となんて、気が遠くなるくらい大変なのは想像できます。 でも、その国で裏切ってくるような人がいても恨むことはなく、くじけそうになりながらも何度も立ち上がる続けたのでした。

「この国の人たちもできるってことを知らないだけじゃないかな・・」

悔しくてやるせない思いを経験しながらも、何度も起き上がったこの女性のこの言葉(情熱大陸から抜粋)で、ちいさい自分に恥ずかしく思うと同時に、とても励まされました。

この女性は、目標が大きく、何もない時にそれを話すとまわりにも無駄だと馬鹿にされていましたが、ただ自分を信じ続けること、できることをやり続けること、前に進み続けること、立ち上がり続けることはやめていませんでした。

ネルソン・マンデラ氏の格言「楽観的であるということは、顔を常に太陽へ向け、足を常に前へ踏み出すことである。」を体現している人のようです。

途上国で世界に通用するブランドを立ち上げるのは、この人だからできたのかもしれませんが、誰にでもこれくらいたくましくなる力はあると思います。

これだけたくましく行動できているのは、開発への強い情熱があるからであり「情熱」があったから。「情熱は」人の強さを引き出すのではないのでしょうか。 情熱を持ってはまってる人は、その人の強さというか凄みや才能を最高に引き出し、発揮できるのではないでしょうか。

自分の強さや凄みを引き出し、伸ばしたいなら、自分が情熱を持てることを情熱に任せてやっていくというシンプルなことが一番なのだと思います。

生きるのに厳しい環境の人々は生きるということに情熱を持ち、子どもがいる人は、子を育てることに情熱を持ち、成功していく人も情熱を持っています。人は情熱を持つことで、誰でも強くなれるんだと思います。情熱を持って進む人は強さを全身で放っているように見えます。

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