「貧困とは○○の乏しいこと」極貧国と呼ばれる国に住んでみて思う貧しさ、豊かさとは?

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アジア極貧国、世界のゴミ箱とも言われたりする(ヒドイけど納得)バングラデシュで生活していた頃、なんとか食べて生きていくために、小学生にも満たないような小さい子が細い体で大きな大きな荷物を運ぶ姿、野菜を市場で売る姿、物乞いする姿、リキシャを運転する姿、いろんなところで児童が働く姿が当たり前にありました。

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けれど、その児童労働とも呼ばれるそれをやめさせる権利は誰にもありません。 そのあとの支援なしでただ児童労働だとやめされることは、生きるなといっているのと同じこと。 途上国では、生きていくために、学校へ行くという選択肢がないのが現実なのです。

「貧困とは将来の選択肢が少ないこと」

国際協力師になるために 山本 敏晴(著)

お金がないことが貧困?貧困って何?

バングラデシュでは、およそ2人に1人が国際貧困ライン(11.25米ドル未満で暮らす)以下で生活しています。そんな金銭的に貧しい国に住む人の日常(以下参照)をみてきて、貧困ってなんだろう・・・とわからなくなっていました。

1:どんな環境でも楽しむ

f:id:clearlist:20160609122723j:plain生きるのに精一杯な場所では、エンターテイメント的なことが少ないのですが、ゴミの中にいてもささいなことに楽しみを見出して楽しむ光景もまた現実としてありました。

何もないところでも、むしろマイナスに思えるような場所からでも、楽しみを作り出す姿はたくましく、素晴らしいと感じました。何もない方が、何かを生み出しやすいのかもしれないとも思いました。

2:家族で協力しながら住む

バングラデシュでは、家族大勢で生活しているのが多く、私が一人暮らしというと不憫に思われます。 子ども連れで物乞いをしているお母さんに「私はあなたよりお金は持っているかもしれないけど、家族は近くにいないんだよ」というと、それ以上私にお金をちょうだいといってくることはありませんでした。同情されたんだと思います。

同僚は子育てママが多くいましたが、子どもを連れてきたり、子どもを家族に託してバングラデシュの家族は協力的でした。そして、家族中心の生活で家族が密接でした。

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3:助け合うのが日常の文化

私は方向音痴であり、現地の乗り物の運転手は道を知らないことも多いので、道に迷うことが多かったですが、100パーセント、その辺の現地の人がすぐにヘルプしてくれました。

乗り物に乗るときは、当たり前のように手を取り合い、支え合って乗り降りします。これは日本人だから特別だというわけではありません。いつでもどこでも助け合うのが当たり前の文化で、現地の人同士でも同じです。

日本だったらこんなに日常的な助け合いは見られないと現地の同僚にいうと「でも日本はテクノロジーがあるから必要ないよね」と返事が返ってきました。発展が一概にもいいと言えないと思った瞬間でした。

発展とともに得るもの、失うもの

途上国が発展し11ドル以下で生活する人はいなくなると期待できますし、児童労働もなくなると思いますが、人との繋がりが減ってしまうのではないか、だとしたら、このままがいいのではないかとも何度も思いました。

昔、みんなが農民だった頃、野原でイヌと走り回り、山でセミを探し、海で波と遊び、夜を家族と過ごした。

たったそれだけの選択肢しかなくても、それだけで幸せだった頃。 一つ一つの選択肢が、限りなく豊かだった頃。

それらを失ったことこそが、現代社会最大の「貧困」である。

貧困とは○○の有無

バングラデシュに数年住んで、貧困の意味を考えてみました。

私が今思う貧困とは「希望」の有無

”希望”があれば、どんな状況や環境でも頑張れるし、踏ん張れるし、前を向いて歩けます。逆に”希望”がないと、ただ浮遊するだけで、その状況は不安や悩みを生み、辛く感じます。

だから、発展途上国に住んでいるから貧しい、先進国だから豊かという方式ではないと思っています。

選択肢が多いほど可能性も多い、お金はその可能性(選択肢)を広げるので、お金の有無で貧しさと豊かさを分けられやすいだけとも思いますが、必ずしも「豊かさ」「貧しさ」はお金だけの話ではないのです。

「貧困とは○○の乏しいことである」の中に入るのは、「お金」ではなく「希望」ではないでしょうか。

必要な支援とは

途上国はすべてが貧しいわけではないけど、支援は希望を生み出し、広げ、多くの可能性を引き出せます。人として途上国の人を尊敬し尊重した時に支援したい気持ちは強くなりましたが、その時同時に必要な支援とは?なんだろうと考えてみました。

それは「その状況にあった、希望の種をまくこと」ではないでしょうか。同時に「助けが不要な状態を作ること」も必要だとも思います。

可能性や持っている素晴らしい点を引き出し、生かす

バングラデシュでの生活は過酷で、自分を守るので精一杯になっていて、現地の人に助けられることが多くありました。その時、過酷な環境で住み続ける人たちのたくましさに尊敬の念を抱きながら、この国の人は素晴らしい点がいっぱいあるのに、上手く引き出せていないのが勿体無いと感じていました。

「可能性や持っている素晴らしい点を引き出して生かす」

前職のデザインの現場でも同じことが必要でしたが、今後は人の良さを引き出すことをしていけたらいいなと思いました。

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