行動の断捨離「したくないことはしない」

行動の断捨離

やりたくないことは、やらないでみようと思います。
「やりたくないことを、やる」という行動の断捨離です。

そもそも、やりたくないことはやれません。
やれても牛歩。もしくは、ほとんど身になりません。
だったら、潔く「やらない」選択でいいんじゃないかなと・・。

期間より質(集中力)

私の英語学習でそれを感じました。
英語の勉強を小(塾)中高大でやってきたのに、大学を卒業しても英語は話せませんでした。
興味も目標もなく、授業もきいてないので、頭にも入らないのです。
TOEICを受けたら、300点代・・誰でも取れる点数でした。
9年間くらいの英語学習って何だったんだろうと思いました・・。

大人になり、海外に一人で行くようになったとき、その必要性をようやく痛感。
初めて住んだオーストラリアでは、私よりひどい人みたことないというくらい悲惨。
「~にいきたい」「~したい」「~はどこですか?」も言えないくらいです。

そんな状態なのに、あえて日本人がいないところに行ったため、孤独でいるか、英語を勉強して交流するかしか選択がありませんでした。
その状態になってようやく、誰かとコミュニケーションをとりたいと、そのために必要な英語の勉強しはじめました。
勉強時間は毎日12時間、受験勉強も筆記的なものはまともにしていないので、こんなに勉強したことははじめてでした。
なのに、苦痛もそんなに感じず、あっという間に過ぎていました。
バイトに奮闘するまでの1ヶ月弱、12時間の勉強と、10時間の睡眠時間でした。
充実していたし、向上心もあったし、とても集中した期間。
結果、その1ヶ月でTOEICは200点伸びました。(TOEICに特化した勉強は一切していません)

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このことから、やる気のないときに勉強する(ふり)10年程よりも、やる気になった1ヶ月の方が頭に入ると感じました。
やりたくないし必要性を感じないことは何もできない、というのは人によって差はあるかもしれません。

ですが、情熱がすごい集中力と吸収力を発揮するのは確かだと思います。

必要ならやるし、できる

やりたいたいことをするために必要なら、やれば良いし、やれると思います。
例えば、体重や体脂肪が標準以上ある人が「痩せたい」と思った場合・・・。
運動や食べ物などの生活習慣を変えるのは必須です。
生活を変えないと、体質も変わらないからです。

生活を変える、つまり習慣を変えることは大変ですが、強い目標であればあるほど、モチベーションもある程度保てるため、できるのではないでしょうか。

少なくとも「そうなりたい」「そうありたい」と思わない人よりかずっとできるはずです。

「やりたくないことを、やる」という行動の断捨離

目標が曖昧で、必要性も感じず、やりたいと思えないことは、
やっても身になりにくく、楽しいとも思えず、不要・・。
やる意味はあるんでしょうか?

「やりたくないけどやる」で動くより「やりたい」で動く方がうまくいくのだから、やりたいと思えない&不要なら思い切ってやめてもいいのではないでしょうか。
「やりたくないことをしない」という行動の断捨離をしてみたら、ゆとりが増えます。

やりたくもないことを、やっていても吸収率は低いです。
だったら、その時間を使って、他のやりたいことをやっていれば良いんじゃないでしょうか。
やりたいと思えたら、きっとその時それが必要なときであり、一番のいいタイミングということ。
その時期の1時間は、やりたくもないのにやった時の何十倍も有意義で身になります。

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